creature2018@仮設

長い18世紀のイギリス

The Wagerの日本語訳が発売されると聞いて

アンソンの世界周航の初期に脱落してしまってその後色々大変だったHMS Wagerについての書籍、David Grann, The Wager: A Tale of Shipwreck, Mutiny and Murder, 2023 の日本語訳が出版されると知りました。

w.wiki

calil.jp

ナポレオニックならともかく、アンソン卿の時代の英国海軍を舞台にした著作に日本での商業的需要があるとは意外。1そう思い検索してみると、アメリカ等でベストセラーになっているのですね。しかも、映画化も予定されているそう(cf. 英難破船の真実は スコセッシ、ディカプリオのコンビで発刊前に映画化決定の話題作:朝日新聞GLOBE+)。なるほど、不勉強でした。

原書のThe Wagerは、キャンベル提督関連の調べものとしてGoogle Booksで内部検索をしてみたことはあります。HMS Wagerが所属していた小艦隊の旗艦の士官候補生ジョン・キャンベル、その海軍入隊経緯が書かれていました。2あれがついに日本語書籍に載る日がくるとは……。

The Wagerの舞台である1740年代と後の英国海軍との違いで思いつくものは、

  • 洋上での経度算出方法がまだない(『航海年鑑』の出版は1767年から、クロノメーターの普及は1770年代以降)
  • 壊血病の予防法が普及していない(普及したのはナポレオン戦争時代になってから)
  • 軍服がまだない、つまり私服勤務(士官の服装が規定されたのは1748年)
  • 暦がユリウス暦&イングランドでは3月25日から新年、という罠(現行暦への改暦は1752年9月)

ないない尽くし。最初の2つの点のために、アンソンの世界周航では自艦の位置を見失う→迷う→壊血病で大量死、という負の連鎖だったことは、TVドラマLongitudeで語られていました。

以下、日本語の関連資料として:

calil.jp

calil.jp

w.wiki

『絶海: 英国船ウェイジャー号の地獄』(倉田真木 訳)は2024年4月23日(火)発売予定とのこと(学術書ではなくノンフィクション、学術書ではなくノンフィクション。原書の時点で注は付いていない)。『帆船軍艦の殺人』(2023年10月)に続いての帆船ものの出版により、再び帆船小説の波が来るといいなと思います。

以下、愚痴愚痴してます。

(とはいえ題名が英国となっているのを見ると、軍艦の指揮官も船長と訳されているのかもしれない。船という言葉は水上を移動する乗り物の総称としても使われるという意味では誤りではないけれど、元々は東インド貿易船だったHMS Wagerも海軍が購入?した時点で六等艦と格付けされているわけだし……海上自衛隊所属の船舶も「護衛艦○○の△△艦長」などと呼称するのだから日本語としてマイナーではないはずだし……。帆船時代の英国海軍の指揮官が、帆船小説は除いて、「船長」と和訳されている事例は他の本でも見たことがあって、以来気をつけて見ているポイント)(2024-04-24追記: 早とちりでした)

2024-04-24追記

取り急ぎアマゾンで公開されているサンプルを見てみました。「艦長」のみならずcommodoreがちゃんと「代将」表記になっている……! 前述の愚痴は早とちりでした。自分の不明を反省しております。

しかも、典拠を示す注も付いているっぽい? 原著のサンプルでは注はついていないように見えたのですが、実はついているのかもしれない。ということは、チープ海尉とジョン・キャンベル士官候補生が "became close to" という部分にも典拠がついているかもしれない。

(検索している途中で見つけたのですが、2015年に出版されている C. H. Layman, The Wager Disaster: Mayhem, Mutiny and Murder in the South Seasも面白そう)


  1. 本国での知名度も、ネルソンとピープスに比べるとアンソンはあまり有名ではないのだとか。
  2. 史料をあたるに、ジョン・キャンベルが商船で年季奉公をしていたこと、そして洋上で徴用されたのはほぼ確実。しかし同僚の身代わりを申し出たのか、(The Wagerでは言及されていませんが)徴用された当時年季奉公人だったかは、噂の域を出ません。

日本語のナポレオニック個人サイトの探索

日本語のナポレオニック個人ウェブサイトを探してみて、以下メモとして。

「【翻訳】軽師団長の訃報と家族」の付録――人物一覧と図表

【翻訳】軽師団長の訃報と家族」の補足情報。

  • 主な登場人物
    • クロフォード家(同世代)
    • クロフォード家(後代)
    • 陸軍関係者(上官・同僚)
    • 陸軍関係者(部下)
    • 陸軍関係者(部隊)
  • 地図・関係図
    • 1812年
    • 1861年
    • 使用した画像の出典
続きを読む

【翻訳】軽師団長の訃報と家族(クロフォード将軍の伝記等より)

1812年1月のシウダー・ロドリーゴ強襲時・後のロバート・クロフォード将軍について、のべ5通の家族関係の手紙の和訳(手紙が書かれた時系列順に掲載)。

人物紹介や図表は別エントリにまとめました: 「【翻訳】軽師団長の訃報と家族」の付録――人物一覧と図表

  • 簡易時系列
  • 訳文
    • 1812年1月26日付、スチュアート少将からクロフォード中将宛の手紙――友の訃報、葬儀、旧交
    • 1812年1月29日付、W・キャンベル大尉からクロフォード中将宛の手紙――友の最期の言葉、遺品
    • 1813年2月10日付、クロフォード夫人からW・キャンベル大尉宛の手紙――夫の人柄。負傷時の様子を質問
    • 1861年6月13日付、ショー・ケネディ中将からサー・W・フレイザー宛の手紙――クロフォード将軍の負傷・病床・葬儀
    • 1861年頃、ショー・ケネディ中将からR・G・クロフォード氏宛の手紙――クロフォード将軍の愛情と信仰心
  • 底本
  • あとがき
続きを読む

【翻訳】七年戦争中に英国海軍の捕虜となった仏の乗員たちへ宛てられたラブレターが、初めて開封される

以下の文章は、Tom Almeroth-Williamsによる「Love lost and found」という記事を翻訳したものです。原文のライセンスに従い本稿もCC BY-NC-SA 4.0 DEEDの下で公開しています。

  • 拿捕と間の悪さと不運
  • 家族の事情
  • 戦時下の女性たちの決断
  • 何を以て文盲呼ばわりしているのか?
  • 参考文献
  • Credit
続きを読む

La Galatéeを拿捕した英国艦がthe Essexだった件

以前『ガーディアン』の記事 Addley, Esther. “Unopened 18th-Century Love Letters to French Sailors Read for First Time." 6 Nov 2023. についてメモをした(cf. 「七年戦争中に捕虜となった乗員たちへ宛てられた身内からの手紙が、未開封の状態で発見される」)

今回は、そこから個人的な追加調査をしてみた話。

続きを読む

映画『ナポレオン』行ってきました

こちらのエントリは映画『ナポレオン』の感想のふりをした自分語りです。前半は概略程度のほんのりネタバレあり、後半はしっかりネタバレありの構成です。ネタバレせずに語れるほどの表現力の持ち合わせがないものですから。

続きを読む