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長い18世紀のイギリス

七年戦争中に捕虜となった乗員たちへ宛てられた身内からの手紙が、未開封の状態で発見される

"Love letters from French sailors taken prisoner in the Seven Years War. History of the emotions meets naval history" とMuir先生の投稿(Twitterないしnitter)でコメントされている、『ガーディアン』の記事: Addley, Esther. “ Unopened 18th-Century Love Letters to French Sailors Read for First Time." 6 Nov 2023.

見出しによると、七年戦争中に英国海軍の捕虜となった仏海軍の乗組員たちへと宛てられた家族や恋人たちからの手紙が、このほど英国のThe National Archivesにて未開封の状態で発見され、260年の時を経て初めて読まれた、という。七年戦争の海での出来事は自分の関心ある範囲のため、読んでみた。以下は記事に基づくメモ。1

発見された経緯は偶然

TNAに調査に来ていたMorieux教授(ケンブリッジ大学、西洋史)が、好奇心からたまたま請求してみた史料ADM 97/131。保存箱の中身はリボンでまとめられた小さな手紙の束が3つ。どれも封がされたままだったので、アーキビストからの許可を得た上で開封。手紙の書き手以外にそれを読んだ初めての人物は、Morieux教授ということになった。2

手紙の数と内容

数は100通3以上で、ほぼすべてが一隻の艦Galatéeの乗組員に宛てられたもの。差出人の59%が女性。「その中にはとても個人的で熱のこもったものがあった」として、記事では数通が英訳の上で紹介されている。

たとえば、Louis Chambrelan海尉4の妻Marie Duboscからの手紙: “I could spend the night writing to you … I am your forever faithful wife. Good night, my dear friend. It is midnight. I think it is time for me to rest.”
この手紙が読まれることはなく、その上二人が再会することは叶わなかったと思われる。翌年、海尉が解放されるよりも前に、Marieは亡くなっているから。

こういった胸を突かれる内容と共に、戦時の緊迫した家族模様を示す事例も1つ紹介されている。嫁姑問題的な。
若き水兵Nicolas Quesnelの母は、息子が自分よりも婚約者にばかり手紙を書いていることが不満。彼女が息子に書いて曰く、“Give my compliments to Varin [a shipmate]. It is only his wife who gives me your news."
Nicolasの婚約者Marianneからの手紙も残っていて、あなたの母親へも一言書いてほしい、私を難しい立場に立たせないでほしい、との旨。
最終的にNicolasは母親に手紙を書いたようで、Marianne曰く“The black cloud has gone, a letter that your mother has received from you lightens the mood.”
Morieux教授の調査によって、Nicolasは虜囚の身から無事生還したことがわかっている。

手紙は何故受取人の元に届かなかったのか

フランスの郵便当局は、何カ月もの間、陸からの手紙を艦艇に届けようとするのと同時に、写しはフランスの港にも送っていた(当時の一般的な慣習)。Galatéeが拿捕されたとの知らせを受けて以降は、手紙をロンドンの海軍本部に転送していた。それで捕虜たちに届けられればよかったのだけれど、Galatée宛の書簡群に軍事的価値がないことがわかると英国当局はそれらを倉庫に入れてしまった。以来およそ260年の間、誰にも読まれることなく忘れ去られていた。5

記事のまとめ

Morieux教授曰くこれらの手紙は、

  • 「戦争は男だけの問題である」という古い価値観を打破する証拠。男手がいない間、残された人々は家政を切り盛りしたり、経済や政治的問題に関して重大な決断をしなければならなかった。
  • 人生における難題にどう対処するか、という普遍的な経験に関係している。それはフランスだけの出来事でも、18世紀だけのことでもない。
    • BBCの記事に掲載されていた言葉としては、"When we are separated from loved ones by events beyond our control, like the pandemic or wars, we have to work out how to stay in touch, how to reassure, care for people and keep the passion alive.”

この発見についての詳細はAnnales. Histoire, Sciences Sociales誌上で発表されている: Morieux, Renaud. “Lettres Perdues: Communautés Épistolaires, Guerres Et Liens Familiaux Dans Le Monde Maritime Atlantique Du Xviiie Siècle.” Annales. Histoire, Sciences Sociales, vol. 78, no. 2, 2023, pp. 333–373., doi:10.1017/ahss.2023.75.


  1. 本エントリ執筆中に、ケンブリッジ大学の発表した記事Love lost and foundが大元かもしれないと気づいた。そして、そちらの方が情報が多いのだけれど、本エントリは最初に読んだ『ガーディアン』に基づくメモとする。
  2. 本来の受取人が読めなかった手紙、というのは悲しい。
  3. BBCの記事によると104通。
  4. BBCの記事によると一等海尉。
  5. 海軍本部よ…………。